【リデザイン感想】掛貝祐太
2012.03.05 04:43|Re Design 感想|
更新が遅くなってしまって大変申し訳ありません。思うところが多く、書いては消しを繰り返すうちに今になってしまいました。
まず貴重な機会をキム先生、Action2015委員会の皆様、そして忙しいなか何回も学校に来て下さった三人は本当に有難うございました。名ばかりの班長で情けないばかりでしたが、班員の助けを得て最終的に評価してくださる方もいたことを非常に嬉しく思います。
しかし自分がグループワークでどういう価値を提供できるのかについて、今回いまひとつ自分の強みがはっきり見出せなかったのも事実ですし、その点はしっかり受け止めようと思います。そこに苛立つことも多いですが結局積み重ねていくしかないでしょう。
まあそういった類の反省と感謝は本当に尽きないので、それはお酒を交わしながらでも伝えるとして(笑)、ここでは最近痛感していることを今回のリデザインとも絡めながら書いてみます。もう話した人もいるのでしつこく思うかもしれませんが。
最近僕の頭の中をもたげてしょうがないことというのは「自分が何か伝えたい時に、相手が積極的に分かろう、分かろうとしてくれるのは稀で、社会ではそうでないことが普通」であるということです。リデザインと同時に交換派遣留学に申し込んでいたのですが、その選考の面接でこのように思いました。「自分が選ばれないなんておかしい!」なんて言うつもりはありませんが、面接で志望動機を聞かれてそれはもう一生分の熱意をこめて話していたら「語っちゃってるねえ(笑)」だのと面接官に半笑いで言われ、真摯な向き合い方には見えず憤慨したのも事実です。
今回のリデザインの発表で、ある意味近いフラストレーションを感じた人もいるかと思います。きちんと彼らの実力は評価されなかったといえるでしょう。
しかし社会ではむしろ本当に公正に実力で評価されることの方が少ないのかもしれません。例えば企業の中から留学したいなら、熱意と目的意識を洗練させるだけでは当然足らず、上司への器用な根回しも必要でしょうし上司は自分が分かってる人間を推薦したいはずです。そういう頭にくることは今後も絶えないでしょうが、そういう清濁は早めに飲み込んだ方が得です。
なのでこうした「社会ではみんなが僕らを分かろう分かろうとしている訳ではない」という悲しくも当たり前の事実をどう超克していこうかなあという事を自分の中で三つに整理しました。
①相手に有無を言わせないような、目に見えるたり数値化できたりする力を手に入れること
②説得力のある伝え方をすること
③媚びるとまでは言わないまでも相手の欲しいものも理解はする
就活している人からみればたぶん当たり前のことを何をエラそうに、と思うでしょうが(笑)
就活生でない僕はギリギリ③はあまり考えなくていい執行猶予にあると思うので(それに得意じゃないので)、来年のキムゼミでも①②を目安に頑張っていこうと思います。今思えば留学の面接で①②の両方とも改善の余地はあったでしょうが、今回のリデザインで②に関してキム先生にお褒めの言葉を頂いたことは僕にとって何よりも励みになりました。
ブログの更新が遅れ早くも自分に甘々なことが透けていますが、来年は一層自己の鍛錬が必要ですね。早くこのある点では一つキムゼミに貢献している、と胸を張って言えるようになりたいです。
では、まず今日は学部ゼミの面接なのでちょっとは反省が活きるように喋りたいと思います!
まず貴重な機会をキム先生、Action2015委員会の皆様、そして忙しいなか何回も学校に来て下さった三人は本当に有難うございました。名ばかりの班長で情けないばかりでしたが、班員の助けを得て最終的に評価してくださる方もいたことを非常に嬉しく思います。
しかし自分がグループワークでどういう価値を提供できるのかについて、今回いまひとつ自分の強みがはっきり見出せなかったのも事実ですし、その点はしっかり受け止めようと思います。そこに苛立つことも多いですが結局積み重ねていくしかないでしょう。
まあそういった類の反省と感謝は本当に尽きないので、それはお酒を交わしながらでも伝えるとして(笑)、ここでは最近痛感していることを今回のリデザインとも絡めながら書いてみます。もう話した人もいるのでしつこく思うかもしれませんが。
最近僕の頭の中をもたげてしょうがないことというのは「自分が何か伝えたい時に、相手が積極的に分かろう、分かろうとしてくれるのは稀で、社会ではそうでないことが普通」であるということです。リデザインと同時に交換派遣留学に申し込んでいたのですが、その選考の面接でこのように思いました。「自分が選ばれないなんておかしい!」なんて言うつもりはありませんが、面接で志望動機を聞かれてそれはもう一生分の熱意をこめて話していたら「語っちゃってるねえ(笑)」だのと面接官に半笑いで言われ、真摯な向き合い方には見えず憤慨したのも事実です。
今回のリデザインの発表で、ある意味近いフラストレーションを感じた人もいるかと思います。きちんと彼らの実力は評価されなかったといえるでしょう。
しかし社会ではむしろ本当に公正に実力で評価されることの方が少ないのかもしれません。例えば企業の中から留学したいなら、熱意と目的意識を洗練させるだけでは当然足らず、上司への器用な根回しも必要でしょうし上司は自分が分かってる人間を推薦したいはずです。そういう頭にくることは今後も絶えないでしょうが、そういう清濁は早めに飲み込んだ方が得です。
なのでこうした「社会ではみんなが僕らを分かろう分かろうとしている訳ではない」という悲しくも当たり前の事実をどう超克していこうかなあという事を自分の中で三つに整理しました。
①相手に有無を言わせないような、目に見えるたり数値化できたりする力を手に入れること
②説得力のある伝え方をすること
③媚びるとまでは言わないまでも相手の欲しいものも理解はする
就活している人からみればたぶん当たり前のことを何をエラそうに、と思うでしょうが(笑)
就活生でない僕はギリギリ③はあまり考えなくていい執行猶予にあると思うので(それに得意じゃないので)、来年のキムゼミでも①②を目安に頑張っていこうと思います。今思えば留学の面接で①②の両方とも改善の余地はあったでしょうが、今回のリデザインで②に関してキム先生にお褒めの言葉を頂いたことは僕にとって何よりも励みになりました。
ブログの更新が遅れ早くも自分に甘々なことが透けていますが、来年は一層自己の鍛錬が必要ですね。早くこのある点では一つキムゼミに貢献している、と胸を張って言えるようになりたいです。
では、まず今日は学部ゼミの面接なのでちょっとは反省が活きるように喋りたいと思います!
2012.03.04 08:37|未分類|
アップが遅れて大変申し訳ありません。個人的な事情ではありますが、合宿がずっと続いていたために遅れてしましました。
Re:designについてでした。まず、自分たちの班の発表についてですね。
私たちの班は他の班に比べてスタートがおくれてしまい、テーマ設定もかなり手こずり直前まで決まらなかった。反省点は多々あるが、やはりスタートが遅れてしまったのは班長として認識不足であったと痛感している。まりあ、たきにはとても迷惑をかけてしまった。2月の半分は毎日MWにきて、長い時間一緒に過ごし、なぜなのかを悩み続け、なぜを解決する方法をブレストしては消してを繰り返し、来期の活動を早くやりたいといってはため息をついていた。結果、一つの形としてプレゼンテーションにもっていけたのは、「死ぬときは一緒」といった運命共同体とも言える意識と、危機感と集中力によって成し得たものだと思う。他の班よりも苦しんだ分、得たものは大きかったはずだ。来年度のゼミに向けていい助走になったのではないかと個人的には思っている。
発表当日、プレゼンテーションは全く緊張せずに行うことができた。しかし緊張しなかったのはもちろん入念な準備をしていたという点もあったが、何よりもその前の週に見た会議の状態を知っていたからという要素も強かった。私が恐れていた質問もやはりこなかったし、なによりも「それはプレゼンテーションで言及した」といった内容を、あたかも私達がいっておらず、致命的な論理欠陥のように指摘する彼らに対して疑問を持たざるを得なかった。彼らはたしかに私たちよりもはるかに長く生きて、レールに沿ってのしあがり、立派な実績を残してきた人々で、尊敬の念を抱かざるを得ない。しかしながら、議論の上では立場は関係ないはずだ。彼らは私達が学生だからという油断からか、最初から否定的な視点からスタートし、具体的な解決方法を述べず、終始見下す態度が見え隠れしていたのはプレゼンテーションをしていたみんなはうすうす気づいていただろう。私のスキル不足、努力不足もあるとは思うが、今回の経験は一つの反面教師として吸収しようと思う。そして、今後はそういった興味のない人たちでも引きこむようなプレゼンテーションを行うことを目標としたい。
私は小説をめったに読まない(めっちゃ読みたい)のだが、この間の塾の授業でつかった井上靖の文章にこんな文があった。
「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」
現状打破をするときに「なぜ」を掘り下げ、「どうやって」を試行錯誤する。現状打破に対して不満をぶつけることはなにも解決策には成り得ない。というよりは、不満をぶつけることは誰でもできることであり、もっとも生産性のないことだと思う。明確なゴール設定があって初めて希望を語ることができ、一歩先へ進んでいける。自分にたりないことをしっかり把握できたからこそ、残りの1ヶ月でさらに自分を磨き上げていければいいと思う。
Re:designについてでした。まず、自分たちの班の発表についてですね。
私たちの班は他の班に比べてスタートがおくれてしまい、テーマ設定もかなり手こずり直前まで決まらなかった。反省点は多々あるが、やはりスタートが遅れてしまったのは班長として認識不足であったと痛感している。まりあ、たきにはとても迷惑をかけてしまった。2月の半分は毎日MWにきて、長い時間一緒に過ごし、なぜなのかを悩み続け、なぜを解決する方法をブレストしては消してを繰り返し、来期の活動を早くやりたいといってはため息をついていた。結果、一つの形としてプレゼンテーションにもっていけたのは、「死ぬときは一緒」といった運命共同体とも言える意識と、危機感と集中力によって成し得たものだと思う。他の班よりも苦しんだ分、得たものは大きかったはずだ。来年度のゼミに向けていい助走になったのではないかと個人的には思っている。
発表当日、プレゼンテーションは全く緊張せずに行うことができた。しかし緊張しなかったのはもちろん入念な準備をしていたという点もあったが、何よりもその前の週に見た会議の状態を知っていたからという要素も強かった。私が恐れていた質問もやはりこなかったし、なによりも「それはプレゼンテーションで言及した」といった内容を、あたかも私達がいっておらず、致命的な論理欠陥のように指摘する彼らに対して疑問を持たざるを得なかった。彼らはたしかに私たちよりもはるかに長く生きて、レールに沿ってのしあがり、立派な実績を残してきた人々で、尊敬の念を抱かざるを得ない。しかしながら、議論の上では立場は関係ないはずだ。彼らは私達が学生だからという油断からか、最初から否定的な視点からスタートし、具体的な解決方法を述べず、終始見下す態度が見え隠れしていたのはプレゼンテーションをしていたみんなはうすうす気づいていただろう。私のスキル不足、努力不足もあるとは思うが、今回の経験は一つの反面教師として吸収しようと思う。そして、今後はそういった興味のない人たちでも引きこむようなプレゼンテーションを行うことを目標としたい。
私は小説をめったに読まない(めっちゃ読みたい)のだが、この間の塾の授業でつかった井上靖の文章にこんな文があった。
「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」
現状打破をするときに「なぜ」を掘り下げ、「どうやって」を試行錯誤する。現状打破に対して不満をぶつけることはなにも解決策には成り得ない。というよりは、不満をぶつけることは誰でもできることであり、もっとも生産性のないことだと思う。明確なゴール設定があって初めて希望を語ることができ、一歩先へ進んでいける。自分にたりないことをしっかり把握できたからこそ、残りの1ヶ月でさらに自分を磨き上げていければいいと思う。
Re: Design Japan 感想【和田】
2012.03.02 02:52|Re Design 感想|
前日からの体調不良により22日の発表を聞くことができずひじょうに残念でしたが、他の方々のを読んでいても自分の班に関する内容が中心となっているようなので、私もそれを踏襲して主に15日の自分の班の発表についての感想を書かせていただきます(なお、22日の二班は、dropbox内の資料を拝見しましたが、どちらも面白く感じました)。
今回のプロジェクトは、自分の中で大きな財産になった反面、筆舌に尽くしがたいほどの口惜しさもまた残っています。私たちの発表は、なぜ彼らにああも伝わらなかったのでしょうか。
先生は、私たちの発表を評価したうえで、研究会の方々の反応の理由を分析してくださいました。それは確かに一理あるかもしれないと思う一方、どうもそれだけではどうにも納得できない面が多々あります。
私たちの班は、小〜大までの教育のダイナミクスの中で、いかに現行制度を「改良」すれば私たちの問題意識であるところの機会格差の解消および個人の価値最大化が効果的に達成されるかを考えました。ですが、もともとの私たちの予定では、これは教育に限ったことではなく、教育後の機会格差、具体的には女性の労働問題に関しても扱うということで、こちらも地道な資料収集・分析の作業を進めていました。かなりの程度まで完成度の上がっていたウーマノミクスの問題を、中間発表前に敢えて切り離したのは、ひとえに私たちの扱う問題を先鋭化させるため、もっと言えば発表をわかりやすくするためでした。残念ながら中間発表では広範かつ煩瑣でうまい見せ方ができなかったわけですが、その過程を経ることで班員の中でも共通の問題意識や自分たちの強みを明確にできたように思います。
きっと、だからこそ当日の発表はひとりのライフストーリーに執拗に拘ったのです。私たちの企図としてはもちろん「発表を面白くかつわかりやすくすること」からあの4コマ漫画にしたわけですが、その背後には自分たちの政策が普遍的価値を持ち、だからこそひとりの人間の役に立つのだ、という確信があったのだと思います。しかし逆に考えると、つまり、私たちと同じレベルであの発表を理解できていなかったとすると、あの発表はあくまで「個人レベル」の話にしか見えず、公共性に還元されないように誤解されてしまったのではないでしょうか。
だからこそ、「俺だったらひとりで英語勉強できるけどな」だとか「留学すればいいし、起業もすればいいじゃん。どうして普通の道を温存しておいて最終的にそれを選ぼうとするの」だとか「キミたちはやっぱり慶應生なんだよ」などといった頓珍漢な意見が再三再四繰り返されたのではないかと思います。
社会全体を想定した内容に関して、そこに一個人をフィットさせることは存外に難しいことなのでしょう。辻野氏がおっしゃっていた「個性」の話も、私は少し違った考えです。個性は、絶対に社会的に強制してはいけないと思いますし、おしつけられて選択するような個性ならいりません。だからこそ、誰かが「個性的でない」ことは誰にも批判はできないと思うのです。そうではなくて必要なことはむしろ、「個性的になれる機会がじゅうぶんに与えられていること」ではないでしょうか。現実に私たちは、なにかを決断するときに希望とリスクを天秤にかけていますが、その恐怖は他人に想像できるものではないでしょう。個性だって、つかみとるには大きな勇気が必要なはずなのに、それを持っていることを前提としては仕方がないと思います。だからこそ私たちは、キャリアデザイン教育を通して未知の可能性を開拓することと、ギャップイヤー制度によって「失敗するチャンス」を与えることを等価値だと考えているのです。
社会と個人のレベル差の問題は、きっとこれからも大きな壁になってくる気がします。
さて、長々と書いてきましたが、発表自体は悔しさが残るものでしたが、自分の作った内容に関しては満足していますし、何より今回のプロジェクトで得難きものを獲得できたと感じています。自分一人だったら決してできなかったであろう緻密な作業や知的労働、優秀な仲間たちと2ヶ月前から頻繁に集まり密度の濃い時間を過ごせたこと。此度の機会を与えてくださったキム先生ならびにRe: Design Japanの皆様、誠にありがとうございました。
今回のプロジェクトは、自分の中で大きな財産になった反面、筆舌に尽くしがたいほどの口惜しさもまた残っています。私たちの発表は、なぜ彼らにああも伝わらなかったのでしょうか。
先生は、私たちの発表を評価したうえで、研究会の方々の反応の理由を分析してくださいました。それは確かに一理あるかもしれないと思う一方、どうもそれだけではどうにも納得できない面が多々あります。
私たちの班は、小〜大までの教育のダイナミクスの中で、いかに現行制度を「改良」すれば私たちの問題意識であるところの機会格差の解消および個人の価値最大化が効果的に達成されるかを考えました。ですが、もともとの私たちの予定では、これは教育に限ったことではなく、教育後の機会格差、具体的には女性の労働問題に関しても扱うということで、こちらも地道な資料収集・分析の作業を進めていました。かなりの程度まで完成度の上がっていたウーマノミクスの問題を、中間発表前に敢えて切り離したのは、ひとえに私たちの扱う問題を先鋭化させるため、もっと言えば発表をわかりやすくするためでした。残念ながら中間発表では広範かつ煩瑣でうまい見せ方ができなかったわけですが、その過程を経ることで班員の中でも共通の問題意識や自分たちの強みを明確にできたように思います。
きっと、だからこそ当日の発表はひとりのライフストーリーに執拗に拘ったのです。私たちの企図としてはもちろん「発表を面白くかつわかりやすくすること」からあの4コマ漫画にしたわけですが、その背後には自分たちの政策が普遍的価値を持ち、だからこそひとりの人間の役に立つのだ、という確信があったのだと思います。しかし逆に考えると、つまり、私たちと同じレベルであの発表を理解できていなかったとすると、あの発表はあくまで「個人レベル」の話にしか見えず、公共性に還元されないように誤解されてしまったのではないでしょうか。
だからこそ、「俺だったらひとりで英語勉強できるけどな」だとか「留学すればいいし、起業もすればいいじゃん。どうして普通の道を温存しておいて最終的にそれを選ぼうとするの」だとか「キミたちはやっぱり慶應生なんだよ」などといった頓珍漢な意見が再三再四繰り返されたのではないかと思います。
社会全体を想定した内容に関して、そこに一個人をフィットさせることは存外に難しいことなのでしょう。辻野氏がおっしゃっていた「個性」の話も、私は少し違った考えです。個性は、絶対に社会的に強制してはいけないと思いますし、おしつけられて選択するような個性ならいりません。だからこそ、誰かが「個性的でない」ことは誰にも批判はできないと思うのです。そうではなくて必要なことはむしろ、「個性的になれる機会がじゅうぶんに与えられていること」ではないでしょうか。現実に私たちは、なにかを決断するときに希望とリスクを天秤にかけていますが、その恐怖は他人に想像できるものではないでしょう。個性だって、つかみとるには大きな勇気が必要なはずなのに、それを持っていることを前提としては仕方がないと思います。だからこそ私たちは、キャリアデザイン教育を通して未知の可能性を開拓することと、ギャップイヤー制度によって「失敗するチャンス」を与えることを等価値だと考えているのです。
社会と個人のレベル差の問題は、きっとこれからも大きな壁になってくる気がします。
さて、長々と書いてきましたが、発表自体は悔しさが残るものでしたが、自分の作った内容に関しては満足していますし、何より今回のプロジェクトで得難きものを獲得できたと感じています。自分一人だったら決してできなかったであろう緻密な作業や知的労働、優秀な仲間たちと2ヶ月前から頻繁に集まり密度の濃い時間を過ごせたこと。此度の機会を与えてくださったキム先生ならびにRe: Design Japanの皆様、誠にありがとうございました。
【戸高】Re Design Japan感想
2012.03.01 02:06|Re Design 感想|
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
かの有名な高杉晋作の辞世の句でございます。
この句自体についても、この解釈についてもいろいろ言われておりますが、まさしく自分がアイデアや何かのプロジェクトをやる際に真っ先に考えるのが「つまらないことを面白くしよう」ということです。
だって世の中は楽しい方がいいですし。
自分は事前に決まってしまっていたフランス旅行のため、最後までプロジェクトに参加することができませんでした。
ですが出発の前々日までなんとかならんかと、班のメンバーとともにミーティングにミーティングを重ねました。
今回のグループワークの班分けは金先生がそれなりに意図されて組んだなぁと、なんとなくわかる班分けでした。
僕らの班はどこからどうみても「真面目で面白い(interesting)アイデアよりも、どこかクセのあるやわらかくて面白い(funny)アイデア」を作るチーム分けだなぁと感じました。
本当に面白いと思えることを考えることは実はとても大変で、時には面白さとはかけ離れた雰囲気になることも多々あります。
そんな中(本来自分がこの役割を担うのが適切かどうかはわかりませんが)、出たコンセプトやアイデアを場にいる皆が分かる様な形で共有し直し、それを何度もくりかえすことで少しずつ収斂させて行くといったことを相変わらず自分としては主に行っておりました。
結果は直接目にはしていないので何とも言えませんが、旅行中に掛貝や矢野さんからそれなりの反応があったとうかがうことができたので、自分がやってきた意味が少しはあったのかなぁと安堵しつつも反省点が主に2つ。
1つ目は自分の立場について。
4年というかもはやよくわからん立場なのですが、自分が出過ぎていいものかどうなのか、と立場を初めは決めることができなかった。
そのためもやはり少しは影響してか、中間発表では割とたたかれる様なアイデアになってしまったと感じます(たたかれた結果、最後の発表に行けたので意義はあったが)。
自分は先輩という立場になってグループワークをする時に心がけていることが1つ、いつもあるのですがそれがうまくできなかったかなぁという感じでおわってしまいました。
もう少し自分なりに早くからエンジンをかけて、もっともっともっとサポート側ならサポート側として主体的にコミットできればなぁと反省しています。
2つ目は自分の能力について。
先ほど班の分け方で、「自分達の班はアイデアベースの班だ」的なことを書きましたが、自分は0から1を作り上げるのが大変苦手な人間です。
だからグループワーク内でも主に行った役割が最終的には、「まとめる⇒わかりやすく置き換える⇒共有する⇒広げる」といった様なものになってしまいました。
それはそれでいいのですが自分は割とこの役割ばっかりしているので、常に0から1を作ることができる能力を磨かなければならないと思っており、それが今回も十分にはできない感じになってしまいました。
0から1を作ると言っても、僕は凡人なので全くの0から1を作ることはできず、そのためにインプットをもっともっとして行く必要はあります。
これからはそれだけじゃなく、少しの暇を使って、どんな小さなことであっても形として(ノートに書くとか)アウトプットしてみることを心がけて行きたいと思います。
と、反省点をあげればきりがないのですが、イレギュラーに金ゼミに4年間在籍してきた最後のグループワークをこの班で過ごすことができてよかったです。
途中でフィリピンに行ってしまった織田も、最年少ながら最後まで頑張ってくれた掛貝も、就活やら他のことやらもある中頭をこねくり回し続けていた矢野さんにも、本当に感謝です。
ゼミの皆さんと全体へのお菓子と、班員の皆さんには別個お土産も買って参りましたのでまたそれを持って次回集まりましょう。
かの有名な高杉晋作の辞世の句でございます。
この句自体についても、この解釈についてもいろいろ言われておりますが、まさしく自分がアイデアや何かのプロジェクトをやる際に真っ先に考えるのが「つまらないことを面白くしよう」ということです。
だって世の中は楽しい方がいいですし。
自分は事前に決まってしまっていたフランス旅行のため、最後までプロジェクトに参加することができませんでした。
ですが出発の前々日までなんとかならんかと、班のメンバーとともにミーティングにミーティングを重ねました。
今回のグループワークの班分けは金先生がそれなりに意図されて組んだなぁと、なんとなくわかる班分けでした。
僕らの班はどこからどうみても「真面目で面白い(interesting)アイデアよりも、どこかクセのあるやわらかくて面白い(funny)アイデア」を作るチーム分けだなぁと感じました。
本当に面白いと思えることを考えることは実はとても大変で、時には面白さとはかけ離れた雰囲気になることも多々あります。
そんな中(本来自分がこの役割を担うのが適切かどうかはわかりませんが)、出たコンセプトやアイデアを場にいる皆が分かる様な形で共有し直し、それを何度もくりかえすことで少しずつ収斂させて行くといったことを相変わらず自分としては主に行っておりました。
結果は直接目にはしていないので何とも言えませんが、旅行中に掛貝や矢野さんからそれなりの反応があったとうかがうことができたので、自分がやってきた意味が少しはあったのかなぁと安堵しつつも反省点が主に2つ。
1つ目は自分の立場について。
4年というかもはやよくわからん立場なのですが、自分が出過ぎていいものかどうなのか、と立場を初めは決めることができなかった。
そのためもやはり少しは影響してか、中間発表では割とたたかれる様なアイデアになってしまったと感じます(たたかれた結果、最後の発表に行けたので意義はあったが)。
自分は先輩という立場になってグループワークをする時に心がけていることが1つ、いつもあるのですがそれがうまくできなかったかなぁという感じでおわってしまいました。
もう少し自分なりに早くからエンジンをかけて、もっともっともっとサポート側ならサポート側として主体的にコミットできればなぁと反省しています。
2つ目は自分の能力について。
先ほど班の分け方で、「自分達の班はアイデアベースの班だ」的なことを書きましたが、自分は0から1を作り上げるのが大変苦手な人間です。
だからグループワーク内でも主に行った役割が最終的には、「まとめる⇒わかりやすく置き換える⇒共有する⇒広げる」といった様なものになってしまいました。
それはそれでいいのですが自分は割とこの役割ばっかりしているので、常に0から1を作ることができる能力を磨かなければならないと思っており、それが今回も十分にはできない感じになってしまいました。
0から1を作ると言っても、僕は凡人なので全くの0から1を作ることはできず、そのためにインプットをもっともっとして行く必要はあります。
これからはそれだけじゃなく、少しの暇を使って、どんな小さなことであっても形として(ノートに書くとか)アウトプットしてみることを心がけて行きたいと思います。
と、反省点をあげればきりがないのですが、イレギュラーに金ゼミに4年間在籍してきた最後のグループワークをこの班で過ごすことができてよかったです。
途中でフィリピンに行ってしまった織田も、最年少ながら最後まで頑張ってくれた掛貝も、就活やら他のことやらもある中頭をこねくり回し続けていた矢野さんにも、本当に感謝です。
ゼミの皆さんと全体へのお菓子と、班員の皆さんには別個お土産も買って参りましたのでまたそれを持って次回集まりましょう。

